子供向けの英語学校も運営していると、自然と、子供教育(受験)の知見や情報が集まってきます。
地方だとそうでもないですが、ここ東京では、中学、もっと早くは、小学校から私立か公立かの議論があります。
私立か公立かを語る上で外せないのが、「多様性」という言葉です。
主に「公立学校」派から出るのが、
『子供は、公立で、色々な環境の子供の中で育った方がよい。一種の社会勉強である。その方が、将来社会に出た時も、社会の多様な縮図の中で、うまく生きていける。』
というものです。
果たして、そうなのでしょうか?
人生で、仕事や友人、付き合いは自分で選べる。
会社経営も含めてこの歳になって思うのが、社会は、自分の得意な切り口(集団)を選んだ方が絶対楽、ストレスが少ない。ということ。
自分とあわない相手とのコミュニケーションは減らしていってよいのでは?
例えば、
- 自分が得意とする、よくわかっている人相手に商売をする
- 自分と似たようなバックグランドを持つ人と一緒に仕事をする
- 自分と似たような組織に属する。住む。
など。
こう言うと、階級制度や、差別、排除のイメージを想像し、糾弾する方がいるかもしれませんが、マーケティング的には、対象の絞り込みです。
例えば、
自分は、顧客のことを想像しながら、ビジネスを組み立てますが、
創業当初、ターゲットは、20-40代の富裕層ビジネスパーソンと決めていました。
それは、自分の母校慶應の先輩方をみて、特性や、サービスの選び方を知っていたから、容易に彼らが欲しがりそうなサービス内容、売り込みを考えつきやすかったからです。
逆に、
例えば、地方のマイルドヤンキーと呼ばれる層に人気のサービスは、自分には全く想像がつかないです。
一緒に仕事をする環境もそうです。
私の会社では、当初色々なバックグラウンドを持つ人と仕事をしてみましたが、やはり自分を同じような経歴の人の方が、少ない言葉で、あ・うんの呼吸でコミュニケーションがとれることがわかり、働きやすかったです。
もちろん、就職するにしても、自分と似たような経歴の人が少ない会社に無理していくより、勝手がわかる同じバックグラウンドやカルチャーを持つ会社を選んだ方が、入ったあとの仕事のやりやすさは断然違うと思います。
ですので、
『実社会に出たら多様性の中で生きていくものだ!』
と、知たり顔でいう大人がいますが、実際は、自分の選択次第で外れ値はでるものの、結局は、似た集団の中に収斂されていく、のが実際だと思っっています。
ですから、そこまで、色々な経歴をもった人相手に、社会は生きなければいけないわけでは全然ないです。
あなたの周り、親しい5人があなたです。
これは、ある人の有名な言葉ですが、一理あるかと思います。
子供を私立学校にいれさせたい親御様の意見のベースもここにあると思います。
別に私立がいいというわけでなく、公立でも荒れていないよい学校もあります。
心理学者によると、子供は、一番に影響されるのは、親でも先生でもなく、同級生でもなく、
1ー2才年上の子供
だそうです。
2番目影響されるのが、同じ年代の同級生。
そして、3番、4番目に、親、先生と続くそうです。
大学から慶應に入って知ったのが、
『育ちのよい子は、性格もよい子が多かった。』
というものです。
公立学校で、バリバリ日教組の先生方に、
『金持ちは性格悪く、世の中で搾取して私腹を肥やしている』といったことを洗脳的に教わった自分は、当初、慶應の金持ち連中とは友達になれねぇーと思っていました(公立の多様性どこいった?!)。
が、慶應内部進学の同級生や、お金持ちの同級生と接すると、彼らの、変にひねくれたことのない、まっすぐな性格や、育ちのよさからくるゆとりに、一気にイメージが変わりました。
ですので、コネ入社とか、世間一般では叩かれる要素も、同じ学閥つながりや、育ちの良さなどが担保されていて、不平等ではありますが、理にかなった部分もあるなと思いました(自分はコネとは全く無縁でしたが。)。
少し話がずれてしまいましたが、
あたなが、あなたらしく、私が私らしくいられるためには、全く異なる環境の中に身を置くより、共通の価値観、似た趣向をもった集団で、商売、仕事、生活をする方が、ストレスフリーな人生が送れるというものです。
公立学校は学区ガチャ。外れの時のマイナスの影響が大きすぎる
私自身、地元学区の公立小・中と通い。入学試験を経て、名古屋の上位TOP3の1つの県立高校へ進学しました。
小学校はまだよかったのですが、中学校がとてもひどかった~。
今、その中学校の名前で検索すると、「超底辺ドキュン。名古屋のやばい中学一覧、神枠。」といった形容詞でまとめられていました。変わっていない(笑)。
どうひどかったというと、
小学校6年の卒業前の2月頃に、その中学から、お礼参りと称して、原付き連ねて、小学校の校庭をバイクで乗り回して窓ガラスを割る先輩たちのいる中学校でした。
もちろんその中学校のガラスもヒビが入っており、シンナーやタバコの吸い殻がどこかしらに落ちています。教師も、頻繁に暴行を受けており、そんな中で、いじめる集団、いじめられる集団、ターゲットにされないよう、目立たないように生きる集団の3つに別れ、自分も極力目立たないように過ごした3年間でした。
時々、TVのコメンテーターなどが、多様性を学ぶことは重要だから、公立に行くべきだ、としたり顔で言う人がいますが、多分、そうした人たちは、本当のやばい公立校の実態を見てないからそう言えるのだと思います。
また今となって、その中学の人とつながりは全くなくなっています。
名古屋のど底辺と言われる公立中学から、トップの公立高校に行って思ったのは、同じような知的レベルの集団では、会話がしやすい、ということ。
身につけてきたバックグランドが似通っていることで、あ、うんの呼吸で、議論や会話も進むのが、本当によい点だなと思いました。
もし、こうした世界が、もっと早くから体験できたのなら、どんなに刺激になっただろうか、と、この文章を書いていて思います。
ですので、自分のような母子家庭の経済的な都合で私立中学に行けない子向けには、公立校ももちろん前前いいのですが、親御様は、地元の学校の評判を聞いた上で、公立校の選択肢をとってあげてほしいなと思います。
最近では、学区またいで公立中にいけるケースもかなりあるそうですので、それも活用してあげましょう。公立校でも結構差があるようですので。